旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


南極探検の裏表を知るおすすめの2冊。全員生還のシャクルトン隊と、彼に消された男たち

一年前(2018年2月)に南極旅行に行ったことがきっかけで、それからずっと、南極や北極に関するノンフィクションを好んで読んでいる。

最近読んだのは、1900年代初期(今からおよそ100年前)に南極大陸横断を試みた探検隊にまつわる2冊。どちらか1冊だけを読むのではなく、この2冊はぜひあわせて読むべき。そうすることで、探検隊の裏と表、光と影が見えてくるような面白さがあった。

f:id:lovestamp:20190206151204j:plain

『エンデュアランス号漂流記』アーネスト・シャクルトン 訳/木村義昌 、谷口善也

『シャクルトンに消された男たち 南極横断隊の悲劇』ケリー・テイラー=ルイス 訳/奥田祐士

 シャクルトンというのはイギリス出身の探検家。南極横断隊の隊長であり、イギリスから南極へ向かう船エンデュアランス号を率いる人物。『エンデュアランス号漂流記』はシャクルトン本人の著作で、この文庫版には船や島での写真が多く収められていて臨場感たっぷりに読める。

シャクルトンは、南極探検史においては奇跡の英雄という立ち位置。なぜならば、エンデュアランス号は南極に到達する前に氷に囲まれて動けなくなり沈没してしまうのだが(だめじゃん!)、そのあと氷上でキャンプしたり救命ボートで無人島に漂着したりしつつ、救助を求めるため全長7mの小舟で南極海1500kmを航海することを決断。これが成功して捕鯨基地にたどりつき、2年近く南極に置き去りにされていた28名を一人残らず生還させたという、もう本当にね、どんなできすぎたドラマだよってくらいドラマチックな実績の持ち主なのだった。そりゃあもう、シャクルトン偉大!シャクルトンは奇跡!って言いたくなるよね、っていう、それがエンデュアランス号の物語。

エンデュアランス号漂流記 (中公文庫BIBLIO)

エンデュアランス号漂流記 (中公文庫BIBLIO)

 

これはこれで手に汗握るエピソードなんだけど、その裏に存在するもうひとつの探検隊を忘れてはならない。それが『シャクルトンに消された男たち』のほう。こちらを読むと「ちょっと待て、シャクルトンええ加減にせえや…!」という気持ちにもなるよ。

シャクルトンの南極横断計画は、大陸の一方に上陸したシャクルトン隊が南極点を経てもう一方の海岸=ロス海までを踏破するというものだった。探検隊は長期に渡って未踏の地を進むため、燃料や食糧など大量の物資を必要とする。そこで、ゴール地点であるロス海に応援部隊(ロス海支隊)を送りこんでおき、彼らは彼らでロス海側から大陸を進んで、シャクルトン隊の横断ルート上にあらかじめ物資の補給所を設置しておく、と。シャクルトン隊は横断を進めるうちに手持ちの物資が減るけれども、ルートの途中からは、ロス海支隊が用意した物資をピックアップしながらゴールを目指すという作戦だ。

その意味では、横断の成否はロス海支隊にかかっているともいえる。大陸の反対側からやってくるシャクルトンのため、正しい位置に、適切な時期までに、適量の物資を備えなければならない。でなければ、せっかくやってきたシャクルトン隊が道半ばで飢えて倒れてしまうかもしれないのだ。しかしこれ、何が恐ろしいって、大陸の両端にいる2隊には通信手段が皆無だということ。互いの現在地や状況を共有することができないなか、ロス海支隊は「シャクルトン隊の運命は俺ら次第」という使命感だけで任務をまっとうしようとするのだ。実はそのころ、シャクルトンは南極の地を踏むことすらできていないのに! 南極横断は早々にあきらめ、もはや本国に帰ることしか考えてないシャクルトンたち。そんなこととは知らず、こっちはこっちで相当に厳しい環境のなかでシャクルトンのサポートに命をかける支隊。なんという悲劇であろうか。

支隊のメンバーがまた曲者ぞろい。南極経験者がほとんどいないのも問題だが、リーダーであるマッキントッシュのマネジメント能力不足にはヤキモキさせられる。現場の意見をもっと聞けー!って声を大にして言いたい。しかし問題はリーダーだけではなく、そもそもシャクルトンの準備不足っていうのも大きい。ロス海支隊を構成するメンバー選定、船や物資にかかる資金調達など課題が山積みなのに、シャクルトンは自身の出発までにそこらへんを詰めきれず、「あとは現地でなんとかしてくれや」的な態度だし。そのせいでマッキントッシュはスポンサー探しに奔走する羽目になり、肝心の探検準備に専念できない。メンバーも寄せ集めな顔ぶれになってしまい、シャクルトンへの忠誠心とか南極探検への意気込みレベルがバラバラ。それを取りまとめるマッキントッシュの苦労は、そりゃ並大抵のものではないよね。

待てど暮らせどシャクルトンはやってこない。そうこうしているうちにロス海支隊の船も陸を離れてしまい、彼らも南極に置き去りに。シャクルトンは今どこでどうしているのか。そして我々自身はどうなってしまうのか。史実でいうと、シャクルトン隊が全員生存した一方でロス海支隊には複数の死者が出る。でも、「奇跡のシャクルトン」の前ではロス海支隊の存在感は薄くて、「シャクルトンに消された」 感を否めない。 

シャクルトンに消された男たち―南極横断隊の悲劇

シャクルトンに消された男たち―南極横断隊の悲劇

 

長々と語ったが、南極というものすごい僻地における探検生活とか、閉鎖空間での人間模様とか、任務を達成しようとする使命感の強さとか、いろんな観点から読みごたえがありまくりの2冊だった。エンデュアランス号→消された男たちの順に読むとわかりやすいかと。