旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。




ついに、純喫茶ローレンスの扉を開ける

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金沢市の街なかに、「純喫茶ローレンス」はある。

その存在と、雰囲気がかなり独特であることは雑誌を見て知っていた。店の歴史は50年以上。女性店主が個性的で「魔女」と呼ばれてるとか、内装が変わってるとか、浮き世離れしてるから店を「ローレンス島」と呼ぶ人もいるとか。作家の五木寛之氏は常連で、直木賞受賞の電話を受けたのがこの場所。

店はビルの3階にあり、そこに至る階段は店があることを知る人しか気づかないようなつくり。なにしろ古めかしくて秘密めいていているので、中にはさぞや幻惑的な空間が広がっているに違いないと思うのだが、外からは中の様子がまったくうかがえないので入るのに勇気がいる。勇気を出して「今日こそは!」と思っても、営業日や営業時間が気まぐれで、入り口が鉄の柵にがっちり阻まれてたどりつけなかったりする。そのローレンスに、何度めかの挑戦でやっと行くことができた。ある夕方に近くを通りかかり、ふと思いついて立ち寄ってみたら、前には閉ざされていた柵が開いていた。その先には細い階段がのびている。薄暗さに怖気づきながら、そっと登る。

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この書体にグッとくるよねぇ

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階段を登りきったところにアーチ型の扉。ここも相変わらず薄暗い。ガラスが反射して中がよく見えない。ここまで来ても、まだ入るのにドキドキする。思い切って扉を押す。

目の前にはドライフラワーがわっと飾られており、奥まった場所にいるらしい店主の姿は見えず。足を進めて中をのぞきこんだところで、「はあい」という声がして店主が現れた。あなたが噂の魔女さんですか、という思い。その前提で見ているせいなのか、頭頂部でまとめたふわふわのおだんごも、太縁のメガネも、ざっくりとしたタートルネックのセーターも、アルカイックスマイルっぽい表情も、どれもが浮世離れ的に思えてくるのだった。もちろん好意的な意味で。

「いらっしゃいませ。メニューを出すのが、ゆーーーーっくりになるけれども、いい? お時間はある?」。まずこう聞かれ、「もちろんです」と答え、通されるままに一番奥の小部屋へ。小部屋の手前はテーブルがいくつか置かれた広い(といっても狭い)空間なんだけど、全体的に薄暗い照明のしたに、とにかくたくさんのドライフラワーや木の実が飾られていた。壁も通路も覆い隠すような量で。その合間に椅子があり、お客さんが座っており、乾いているのに色鮮やかな花々のあいだに埋もれているようであった。

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通された部屋には、革張りのソファにテーブル、小さな棚とランプ、壁掛けの鏡、額に入った絵。この鏡! 魔女っ子のお部屋にありそうなテイストがたまらない

ほどなくして店主が注文を聞きに来てくれた。2ページ分のメニュー表を広げて指をさしながら「これは作れます。これは、夏の間だけ。こっちのページは、全滅。今は、作る気がないの」。作る気がないといわれたのは、トーストのコーナーだった。いま作れるのは飲み物だけということらしい。私は「スペシャル・ミルク・コーヒー」を注文。スペシャルじゃないコーヒーもあったけれど、もちろんスペシャルを選ぶよ。

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注文後、ゆーーーーーっくり時間がたった頃にコーヒーが運ばれてきた。カップ2杯分はありそうな並々とした量。一緒に行った相手はホットジンジャーを注文し(「しょうがの量は、普通? それともたっぷり?」と聞かれていた)これも並々いっぱい。小皿にお菓子も添えられて、このお菓子というのが源氏パイとかルマンドとか市販のお菓子を小袋のままで出したもので、友だちの家で出てくるおやつのようなのであった。「お菓子は、お好きだったら食べてね。食べきれなかったら、どうぞ持って帰って」と店主。すべてが自由で、すべてがふわふわと気まぐれなのだった。

ミルクいっぱいのコーヒーをゆっくり飲み、ランプのあかりで本を読み、ドライフラワーを眺める。50年前から変わらない場所で、たぶんほとんど変わっていないであろう内装で、薄暗い照明の下にドライフラワーや絵画や古い小物があふれそうになってて、一歩ビルを出ればそこは金沢随一の繁華街である香林坊だということを完全に忘れてしまうこの静けさ。なるほど、孤高のローレンス島ってこういうことか。

落ち着いて過ごせるかといえば、私は完全には落ち着けなかった。居心地が悪いわけではないが、非日常感にどぎまぎしてしまうというか、店の個性に向き合うのにちょっとパワーがいるというか。内装のすみずみまで観察してみたい、店主のひとことを聞き漏らしたくないという気持ちになってしまい、読書にも集中しきれず(何度も通えばおさまるのかな)。では、もう行かないかと言われれば、少し時間をおいてからまた行きたい気もする。あのどぎまぎ感、あの場所の異質感ってなんだったんだろうというのを、もう一度味わいたくなりそうだ。