旅と日常のあいだ

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小鳥の声に耳を傾けたくなる本。小川洋子『ことり』

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『ことり』 朝日文庫 小川洋子

シャーリー・ジャクスンの小説「ずっとお城で暮らしてる(感想)」に続く、世間から微妙にはみ出している兄弟の物語(あっちは姉妹だったが、こちらは兄と弟)。

兄は鳥の言葉を理解することができる。というか鳥の言葉はわかるのだけど人間の言葉は話せない。よって一般の人とのコミュニケーションが非常に困難。兄の言葉を理解できる唯一の人間というのが、弟。だから弟は、兄と世界との橋渡しをする立場にいる

この弟は、まわりからは「小鳥の小父さん」と呼ばれている。小鳥の言葉を理解し小鳥をこよなく愛した兄ではなく、その弟が。物語は小鳥の小父さんの死から始まる。亡くなったとき、彼は腕に鳥かごを抱いていた。中には一羽の鳥がおり、鳥かごの入口を開けると空に飛び立っていったのだった。

そんな不思議な幕開けの小説。いっぷう変わった兄弟の周囲には、やさしい人もいればそうでない人もいる。「鳥語しかわからない男」と「その弟」のフィルターを通して見ると、世の中はどうしたって不便だなあと思う。人からは奇異に見られるし、うまく伝えられないし。兄弟が大事にしている決まり事や楽しみは、一般から見るとあまりにもささやかで偏っているのだけれど、彼らは彼らの世界で実に静かに、秩序を持って暮らしている。このあたり、読みながら『ずっとお城で暮らしてる』が思い出された。静かで秩序だった暮らしに、不意にそれを壊すような要因が起こるところも。

弟が恋をする相手は、図書館司書の女性である。個人的に、これ以上ぴったりの設定はないなあと思った。書棚に並ぶ無数の本から鳥に関するものだけを抜き取って読む男性と、ひそかにそのことに気づいている女性司書という組み合わせ。まあ、小鳥の小父さんはとにかく不器用なのでそううまくいかない。恋の結末は……、当然そうなるよね、っていうものなのだった。

何ものにも乱されることのない自分たちの世界というものに、憧れや羨ましい気持ちをもってしまう。その一方で、兄弟のひたむきさや誠実さに、あまりにも閉塞的!と思って、いらいらしたり息苦しくなったり、読むのがつらいような気持ちにも。誠実であること、素直であることは良いことのはずなのに、なんだろう、世間との相容れなさにモヤモヤするよ。読みながら、もー、もっと上手くやりなよ!とか思っちゃう私は、残念ながら決して小父さん側ではなく、どちらかというと小父さんをおびやかす側なんだろうな。

最後まで読んだとき、冒頭の場面へ続く流れがよくわかってハッとした。ハッとさせることや種明かしがこの物語の主眼ではないけれど、再び冒頭を読み返したくなるし、初めに(わけもわからず)読んだときとはまったく印象が異なるのであった。読後感は、明るくなれるとかスッキリするとか、そういうのは全然ない。「いつかどこかにこういう小父さんがいた」、そのことが私の心に小さく残って気にかかるものになる。正しいとか幸福とか、他人の基準ではまったく測れない価値ってたくさんあるのだなと、そういうことを考えたくなる。ともかく、素敵な小説であったことは間違いない。