旅と日常のあいだ

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恋愛は長編劇画か4コマ漫画か。『異性』穂村弘、角田光代

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『異性』穂村弘角田光代河出文庫

恋愛や男女のあれこれを穂村さんと角田さんが語る往復書簡のようなエッセイ。「別れた相手に不幸になってほしいか」「好きだから許せる&好きだけど許せない」「私の真価に早く誰か気づいて」などテーマの切り取り方が絶妙。共感したり発見したり反省したりしつつ、視点やエピソードの細かさ、文章表現の面白さに一気読み。

以下、角田さんの文章より抜粋。

恋の終わりに理由がないというのも、真実だと思う。飽きたとか、さめたとか、言葉にするとあまりにもあっけないようなことって、きっとあるんだと思う。それでも女性たちは物語を作る。「正直飽きた」などとはぜったいに言わない。それぞれの物語が展開される。恋のはじめもそうだが、恋の終わりもまた、そんなふうに「物語」を言葉にし自覚することで、いよいよそれは現実のものとなる。「あのときこう言われてつらかった、そのあと話し合おうとしたらこういうひどいリアクションをされた、思えば会ったときから..…」と、物語は過去にさかのぼり、そのときなんとも思わなかった点を拾い集めてマイナス方面へと疾走する。物語を要していない男性は、そりゃ、びびるはずだ。「そんならそのときいやだって言えばよかったのに」と言うが、そのときは、いやじゃなかったんだな。

そう、最後のこの部分! 言われる側にしたら先に言えよって思うだろうけど、角田さんの書いているとおり、「そのときはいやじゃなかった」ってことなのよね、真実として。

「実はあれが嫌だった、これも気に入らなかった」って言い出し始めたときにはもう事態は手遅れなのが常であって、というかもはや修復する気がないからこそ過去の嫌なところを並べて見せるような非建設的な作業をしてしまうわけで、や、分岐点がどこにあるのかわかりそうでわからないことの恐ろしさ。

角田さんの文章を受けての穂村さんの言葉は、「女性にとってひとつの恋が一編の長編劇画だとしたら、男性にとっては4コマ漫画の集まり」。これまた興味深いなぁ。

この本が恋愛の教科書になるとは思わないけれど(著者は二人とも一筋縄じゃいかないキャラに見えるわ)ともかく面白いし、何かのレベルが上がる気がするのでぜひ。