旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


2014年の私的ベスト本2冊。小説と、対談集

2014年に読んだ中から個人的ベスト本を挙げるならこの2冊。小説と、小説以外で1冊ずつ。発行年が2014年というわけではなく、ただ単に、私が読んだのが2014年だったというだけです。

◆小説の絶対的第1位

「f植物園の巣穴」梨木 香歩(朝日文庫)

手帳に書き留めてある読書記録の中で、年間で唯一、星三つをつけた小説。庭の穴を抜けて(不思議の国のアリス的)知らぬ間に異世界に迷い込んだ主人公が、人ならぬ生き物と出会い、話をしてさまよう…というと荒唐無稽なようだけれど、もちろんそれだけでは終わらない。前半ではその何でもありな世界観についていくのに精いっぱいだし、謎だらけでわけがわからないし、「これだけ自由に発想と時空を広げた物語がいったいどうやっておさまるのだろう」と思う。でも読み進めるうちに謎が深まり、ページから目を離せなくなる。そして、その謎が解けてぜんぶがストンと腑に落ちるとき、目の前の霧がぱあっと晴れていく静かな興奮があって、同時にあたたかい涙で視界が一気にうるんだ。喪失と選択と再生。

このとき私は春のはじめの松本ひとり旅という妙に感受性過敏な状況下、ただでさえ誰かに会いたい気分が高まっているときにこれを読み、私が大事だと思っている人や物をなくさないよう一生懸命に気をつけていこう、その気持ちがちゃんと伝わるようにしよう、みたいなことを純度100パーセントで考えたのだけれど(そして鈍行列車でひとり涙を流していたのだけれど)、そういえば、あのときのピュアな気持ちを忘れちまっていたなぁと、いま数ヶ月ぶりに思い返してちと反省…。

いつものことながら、舞台設定の緻密さや自然の情景の美しさ、梨木さんの日本語表現の巧みさにもうっとり。文字を追うだけでこんな体験ができるなんて、小説って素晴らしいなあと心底思う一冊。

◆小説以外の第1位

「秘密と友情」春日武彦、穂村弘(新潮文庫)

対談集。精神科医と歌人が、12のテーマに沿って奔放に語りまくる。まず、語り手であるお二方の着眼点が面白い。そして何より、それを言語表現に落とし込むときのセンスが素敵すぎて天才すぎて、感動しまくり。同じ事象が自分に起きても、きっと私はそこに気づけないし、それをこんなふうに言葉でとらえて伝えられない、と思う。

二人とも医学や短歌という分野において明らかな成功者であるのに、どうも現実世界をうまく生きられないという面倒くさい悩みが共通項。こんな面倒な人たちと絶対に付き合いたくないと思う一方で、心惹かれずにはいられないこの知的かつ詩的なセンスというのは、自意識がややこしくこじれているがゆえに獲得されたものなのだろうかと思ったり。

歌人・穂村さんが「記憶」というテーマで話す以下の文章が、一冊の中でも特に好き。

 青春なんかが典型だと思うけど、現場ではあまりにも針が振り切れていて痛かったり苦しかったりするようなことが、回想になった途端、甘美なものに変質することがあるでしょ。デートとか海外旅行は、現在の出来事としては楽しい反面、緊張もするから、僕なんて旅の途中に、「早く安全な自分の部屋に帰って、過去の楽しい思い出として反芻して楽しみたい」と思うことがある。(中略)現在の出来事は、今の瞬間の判断が無数の未来を決定するから恐いけど、記憶は運命が確定しているから安心できるんだよね。

内容にも非常に共感なんだが、表現として、こんなにも的確でわかりやすくうまく言える人ってほかにいる?