旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。


夏山2012 北アルプス、奥穂高(2)

穂高登山の2日目。1日目の記事は下記をどうぞ。

テントを張った涸沢はカール地形で(山々に囲まれたくぼ地ってこと)、人工の灯りに邪魔されることのない星空を眺めることができる場所である。一度眠って、深夜2時頃にテントの外に出たら、星空がすごかった。星の数が多すぎて、見上げながらくらくらするほどで、ああこれが星くずか、と。天の川もはっきりと。流れ星が、何でもないもののように流れていた。寒いので、シュラフをかぶって星空観賞。テントに戻り、セーターを着てホッカイロを貼って寝直す。

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少しずつ夜が明けてゆく。おはよう。

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テントはここに張りっぱなしにして、今日はさらに上、奥穂高岳へ。山頂までは3時間弱。使わないものはテントの中に置いていく。荷物を軽くして、午前6時過ぎに登山開始。ここまでの登りで身体は疲れきっているのだが、朝ごはんを食べて快晴の空を見たらやる気が出てきた。現金なものだ。

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写真右手前から奥に向かって斜めに伸びている登山道を行く。それから、ザイテングラートへ。ザイテングラートは水平距離1キロの間に標高差500メートルを登るという急な岩場のルート。岩に張り付くようにして登っていくが、危険を感じるような場所はなかった。振り返るたびにテント場がどんどん小さくなって遠ざかっていき、高さを稼いでいるのがわかる。

そうやって進むこと小一時間、やっと岩場を登りきったところに穂高岳山荘が。山荘前には絶景のテラスがあり、しばし休憩。ぼんやりしていたら、山荘入口に人目を集めるかっこいい山男がいて、それは石黒賢さんであった。【富士山で森見登美彦さんに遭遇】に続く(その記事はこちら)、山で著名人に遭遇第二弾。一緒に写真を撮ってもらう。「なんてお洒落なチェックの八分丈パンツ、やはり俳優は違う!」と静かに興奮する。

さあいよいよ大詰め。山荘から山頂までは約1時間、クサリや鉄バシゴの道を進む。ハシゴは高度感もあり難所とされているが、ここは怖さを感じなかった。ふと振り返ると、アルプスの峰々を一望、奥にそびえたつのは槍ヶ岳。さらに進むと目の前に突然あらわれるジャンダルム。さっきから「ザイテングラート」とか「ジャンダルム」とか、こんな山用語をいつのまに覚えたんだ自分!と思いながら書いているが、とにかくまあ北アルプスの素敵な山々が大パノラマで迫ってくる。

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最後の岩場を越えて、

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ついに山頂に到着!!  山頂はけっこう整備されていて、祠があり、360度の山の名を記した方位盤がある。祠前が最高地点なので、登山者どうし、カメラを渡しあって順番に記念撮影。混んでいるというほどではないが、途切れることなく誰彼かが登ってくる、というような状況であった。リカちゃんを持って撮影していたら、登山客のおじさんにいろいろツッコまれる。あるおじさんが山頂での写真を撮ってくれとデジカメを渡してきたので、数枚のうちの1枚に、勝手にフレームの中にリカちゃんも入れてツーショットで撮ってみた。写真をチェックしたおじさん、「彼女も入れてくれてありがとね!」と。洒落のわかるイイおじさんだ。

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穂高山頂からの風景。 北方面には涸沢岳、北穂高、稜線が続くその先に、三角にとがった槍ヶ岳

 

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これは西方面、右端の丸い頭がジャンダルム。高難度ゆえ初心者は近づけない。

眺めを満喫して下山。時間があれば足を延ばして別の山に行く案もあるが、我々には時間がない。来た道を戻って涸沢でテントを回収し、それを背負って上高地に一気に戻らねばならないのである。上高地発の最終バスは17時発、これに間に合わないようだと上高地から出られない。山頂から上高地まで、健脚の休憩なしでも7時間はかかる。しかし山頂ではしゃぎすぎた我々の時計はこの時すでに10時40分をさしていた。

結論から言うと、結局最終バスには乗れなかった。 しかし思い出すのも苦しいわ、涸沢でテントをたたんでいたあの時間の焦燥感(間に合うのかな)、行きに手こずった涸沢~横尾を戻る道(歩いても歩いても岩場が続くばかりで発狂しそうになる)、横尾まで戻ってきたら雨に降られたこと(もうやぶれかぶれ)。上高地までの平坦な道は行きは楽しいハイキングロードに感じられたが、日が落ちて真っ暗ななかをライト一つで進んでいくのは苦行以外のなにものでもなかった。脚が、痛みや疲労を超えて、何の刺激も感じないただの棒きれみたいな感覚になってた。途中、真っ暗な道の向こうから、ハーモニカを吹いた男性が近づいてきてすれちがって、あれはやたらと怖かった。こんな時間に山へ向かってどうするの、しかもハーモニカとかどういうことだ、スナフキンのつもりか?

最終バスに間に合わないとわかった時点で、途中のキャンプ地点から上高地のバスターミナルに電話をしてタクシーを確保しておいた。この時間までは待っていてほしい、という約束の時間に間に合わせることだけを目標に、ただひたすら脚を動かし黙々と歩き、やっとやっと上高地に戻ってきてタクシーの灯りを見つけた時のあの安心感。なんとか無事に戻ってこられて本当によかった。あやうく上高地にテントを張ってもう1泊しなくちゃならんところだったよ。

タクシーの運転手は、聞いてもないのに「これまでに車道で出会った熊の話」をしており、そんなことは本当はどうでもよかったのだが、無事の下山による感謝の気持ちでやさしくなっていた私は絶妙な合いの手を入れ、一緒になって熊トークを膨らませた。

沢渡につき、自分たちの車に乗り換えて、宿をとってある長野市街へ。このまま運転して静岡に戻れるほどタフではないので長野で一泊である(っていうか、タフであろうがなかろうが私は運転はできないのだが)。お風呂に入ってふかふかのベッドにもぐりこみ、あの長い距離、あの標高差、あの苦しい道のりを思い出し、登山はやっぱりきつくてつらい、もうしばらく登山はいいや、いつかは槍ヶ岳に登ってみたいとか思ったけど絶対無理、もう疲れ切ったよわたしゃ……と思いつつ眠る。

 

絶対無理、と思った槍ヶ岳に登るのは、本人もまだ知らぬ一か月先のことである。