旅と日常のあいだ

石川県発、近場の寄り道から海外旅行まで。見たもの、食べたもの、面白いことの共有。



秋の日の、さけんばかりの物思い(と、チーズ)

会社の昼休み、駿府公園のベンチに腰掛けて過ごす。

あたりには桜やイチョウがたくさん植わっており、色づいた葉っぱが地面いっぱいに広がっている。赤いの、黄色いの、オレンジの、茶色の。見るともなしに見ていたら、不意に、ベンチから遠く離れた地面の一線で葉っぱがぶわっと舞い上がった。あ、風が、と思ううちに、葉っぱの一隊はこちらに向かって波のように盛り上がりながらみるみる押し寄せてきた。風に吹かれているというより、葉っぱが意志をもってそうしているように見えた。まるで、小さな金色の軍隊がいっせいに駆け出して攻め寄ってくるような。あるものは私の両脇をすり抜けていき、あるものは私の足や膝にくっついた。そうして風が去ってしまうと葉っぱは地面の上でふっとおとなしくなった。もうだいぶ葉を落とした木々の枝の間から光が射して、葉っぱや、木の根や、そこに生えた苔やらを照らしていた。

なんだろう、この物寂しいような明るさは。いつか教科書で読んだ、八木重吉の詩が思い出された。

 

 この明るさのなかへ

 ひとつの素朴な琴をおけば

 秋の美しさに耐へかね

 琴はしづかに鳴りいだすだろう

 

こんなふうにもの思いにふけりながら詩なんかくちずさんじゃって、なんという文学少女! しかしただ文学少女を気取っていたのかというと決してそうではなく、その間、私の手は一心不乱に動いていた。え?何をしていたかって? 「さけるチーズ」をさきまくっていたのさ。

ここ最近、コンビニでもスーパーでもついつい買ってしまうもの、それが「さけるチーズ(プレーン)」。チーズをさく必然性って何?というような議論は自分の中ではすでに終了しており、さいた結果としてのベストな幅は何ミリか?というのが目下のテーマである。やりすぎると糸くずのようにふわふわして歯ごたえが失われ、太すぎるとあの絶妙な繊維っぽさが味わえぬ。なかなか狙ってさけるものでもなく、まだまだ修練が必要であることよ。

というような話を会社のSさんにしたところ、「チーズは太りますよ、やせすぎの父が『チーズを食べて太るように』と医者に言われたくらいですから」との忠告を受けた。かくいうSさんも「さけるチーズ」ファンで、「続けて食べてたらお尻が大きくなった」というではないの。

がーん。確かにねー、私もお腹まわりがねー、最近ちょっとアレな感じでねー。でもチーズのせいじゃないもん、変な時間にお菓子とか食べてるせいなんだから!と、チーズをかばってみたり。とりあえず、ポケットにチーズを忍ばせて公園とか道端とかで食べるのはやめよう。もう残り少ない本年の、最後の目標。大丈夫、やればできるぞ!